SEMラボラトリーの社長ブログ

大阪でSEO対策(検索エンジン最適化)をしています。Movable typeからWordpressに変えた新ブログです。SEOと柔道が三度の飯より好きです。マイペースに更新しています。

SEO対策(検索エンジン最適化)のSEMラボラトリー社長ブログ

ぼくが IT 業界に足を踏み入れた理由とその原点(警備会社編)

   

MACでコーディングイメージ

当ブログへのアクセスをありがとうございます。
こんばんは。

なんか自分語りをするようで恐縮ですが、今回はぼくの職遍歴でも書いてみようと思います。
興味のない方が多いとは思いますが、そこは一つお付き合いを頂ければと思います。笑

今更ながら職遍歴を書き残す理由

ぼくの旧知の友人・知人は体育会系が多いです。
既にご存知の方もいると思うので今更ですが、ぼくは小さい時から柔道とサッカーをしてて中学3年になる直前にサッカーをやめました。
そして、柔道を 24 歳の頃まで続けることができました。
怪我をしたのでやめることになるわけですが、それまで勉強やパソコンの類は一切と言っていいほど触ることがありませんでした。

そのせいか、柔道をしてた頃の先輩・同期・後輩はみな今のぼくに対して物凄く違和感があるようです。
IT 業界に入ってから知り合った方々は今のぼくが横文字を口にすることに対してそこまでの違和感がないかもしれませんが、やはり柔道をしてた時までに知り合ってた方からすると、違和感があるようです。

久しぶりに会うと度々聞かれるんですが、そこではあまり深く話をしないため、多分、ぼくが何故今このような仕事をしてるのか知らない人が多いと思います。
大学を卒業してから警備会社に入ったはずなのに次に会ったら全然色が違ってた・・・ともなると、不思議になるのは当然のことと思います。

仕事で初めてお会いする方には話のネタのつもりであれこれ話をしますが、その程度のことです。
ですので、飲み屋にでも行って酔っ払わない限りそこまで深く話をすることがなかったりします、若しくは同じ空間で作業してる時とか。

自分語りで人を惹きつけられる程、デキた人間だとは思ってません。
自分を良く言う時は、お酒を飲んで酔ってる時に冗談で。

そんなことを常々思ってたんですが、自分を良く見せようとかそういう話ではなく、せっかくコンテンツを色々立ててるところですので、自分の職遍歴を一つのネタにしてみようと思います。

警備会社に入社してから辞めるまで

警備会社に入社してから東京は町田に住むことになりました。
勤務地は汐留でした。

警備会社に入社してから、仕事をしながらトレーニングをしたり練習をしたりしてました。
と言っても、大学の時に膝を怪我して靭帯が切れてたせいか、ほとんど練習が出来ませんでした。
ですので、トレーニングで色々カバーすべく頑張ってはみたんですが、やはり簡単なことではありませんでした。
練習のたびに膝が抜けてた気がします。

そんな感じでしたので、入社して 1 年と 2 ヶ月程経った頃に次を考えるようになりました。
仕事に関して言えば、言い方が悪いですが仕事は柔道のついでくらいに思って入社した会社でしたので、そのままずっと続けるとか続けないとか考えてたわけではありませんでした。
ただ、やる以上は思いっきりやってたわけですが、それ以上でもなくそれ以下でもなく・・・。

なので、誰に何の相談もなく、あっさり辞めることになります。
2004 年の 11 月頃だったと思います。
あまり憶えてませんが、寒くなり始めた頃だった気がします。
改めて考えてみると、次を意識しはじめてから辞表を出すまでに3ヶ月~4ヶ月くらい考えたことになるんですかね。
考えても何も答えはでなかったんですけどね。笑

当時、支社の偉い方に呼ばれて話をしたことを憶えています。

・柔道をしなくても会社に残ってもいい。
・営業や他のところに移って別の業務をしてもいい。

そんなことを言われましたが、そのまま警備会社に残るイメージがなかった・・・というか、人の話を聞けないタイプでしたので、(これも言い方が悪くなりますが、)左から右に流れてた気がします。

しかし、辞めても次のアテがあるわけでもなく・・・という感じでして、「◯◯がしたい。」ということもありませんでした。
それよりも、”柔道をやめた”という現実と向き合うのに必死だった気がします。
転職するにも何をしていいか分からず、

このままだと、大阪に戻って土方とか鳶職とか言われるような仕事になるのかなぁ・・・。引越しの仕事かな?まぁ働けるなら何でもいいや。

そんなことを考えてた離職直前でした。

話は飛びますが、よく「やりたいことを見つけてから仕事を探す」ということを聞きますが、ある意味で凄いことだなといつも思います。
言っていいことかどうかは分かりませんが、私にはその気持ちが分からなかったりします。
仕事だけではなく勉強にしても何にしても、人生賭けるくらいに打ち込んだ先に好き嫌いがあるのかな、、、なんて思ってるだけに、何も知らないうちから”やりたい”とは到底思えなかったりします。

転職サイトを使うことに・・・

そんなわけで辞表を出したのはいいんですが、次を探さなければいけなくなりました。
ということで、当時部屋にあったパソコンを使って転職サイトに登録しました。
エン・ジャパンです。

この時、一応パソコンは持ってました。
確か、大学の時に卒論用にパソコンを持つことになった経緯がありました。

しかし、何をどうやって探したらいいか分かりません。
技術はダメ、事務もダメ・・・ということから「企画」というところから一覧を出してたと思います。
そこで一番最初に表示された会社にエントリーしました。
なので「あ行」の名前の会社です。

24 時間勤務を終えたその足で面接に向かいました。
そしたら、その面接でその場でいきなり「Yes」を頂きました。
まさかすんなり通ることになるとは思ってなく、引っ越し先もまだ決めてない状態で次が決まった感じでした。
そして、その面接を終えてからその足で新たな引っ越し先を探してすぐに契約をして、その月の終わり頃に引っ越しをしました。

さて、ここで「企画」に飛びついたはいいけど、この時点では”営業”をすることも知らず、”何を企画するのかな?”なんて思いながら次に行くことになるんですよね。
今になって考えてみるとめちゃくちゃな話です。
この時点で”モバイル広告”や”広告営業”という言葉の持つ意味を分かっていませんでした。
しかし、この出会いは確実にぼくの人生に大きな変革をもたらした出会いでした。

ここでも話が飛びますが、弊社はぼく自身がこういう体験をしてるせいか、履歴書や職務経歴書は参考程度にしか見ていません。
失礼がない程度に・・・と言えばいいのかな、その程度でしか見てません。
学歴は確かに人を形成する大事なひとつの指標だとは思っています。
やはり統計から言っても、学歴がないとなかなか地位の高い仕事に就くことは出来ません。
ただ、会社で働き始める段階では関係のあることだとは思っていません。
いや、多少は関係あるとは思ってはいますが、その程度の差はすぐに埋めることが出来ると思っています。
なので、「転職したいけど未経験だし・・・」や「高卒だし、今まで飲食で働いてたし・・・」というような、そんなツマラナイことを考えてないで、”やる”と腹を決めて弊社の面接に来て頂きたいなと思ってます。w

今となっては面接をする側に一旦はなったわけですが、自分が過去の自分を見て採用するか否かで言えば確実に不採用です、間違いありません。

因みにですが、この段階ではタイピングは出来ませんでしたしパワーポイントもエクセルも触れませんでした。
少なくとも、4年も待たずに独立するなんてことは当時(ぼくを含め)誰も想像しなかったことだと思います。
そんなぼくがモバイル広告代理店に入社して色々憶えることなります、劇的な瞬間だったと思ってます。

雑ではありますが、 IT 業界に転職したという理由は実はないに等しいんですよね。
その時の運と流れがそうさせた、というのが一番適切な理由になってる気がします。

次はモバイル広告代理店編

思った以上に長くなりそうなので、「モバイル広告代理店編」ということで続編を書こうと思います。
何度かの連載形式になりそうな感じです。
その次は「WEBサイト制作会社編」です。
その次が「個人事業編」、その次は・・・って、その先のことはまだ考えてませんので、とりあえずそんな感じで続けようと思います。

ネタバレというわけではありませんが、次の代理店はぼくにとって人生のターニングポイントになる会社です。
柔道しか知らず、思い上がってた若造に仕事を教えてくれたところです。
ガッツリ矯正もして頂きました。
そんなストーリーになると思います。

どうぞお楽しみに!笑

 - その他 , ,